◆本文の前に脱ステについて◆

このブログは脱ステロイドを推奨するためではなく、今脱ステで苦しむ方々の励みとなり、役立てればと始めましたことを、あらかじめご理解いただければと思います。
それでは本文へお進みください^^

アトピー・脱ステロイドの仕事への影響は?会社を休職後に離職&転職した体験談ブログ(当時の顔写真とともに振り返ります)

コラム
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もっと他にもたくさん頑張っている人がいるのだから…
私よりも酷い人はたくさんいるのだから…
だからこんなことで辛いなんて言ってはいけない。
弱音なんて吐いてはいけない。

だって、ずっと付き合って行かなければいけない病気なのだから。
ただ、肌が他の人よりも少し悪いだけなのだから。
他の人と同じようにできるはず。

そんな風に自分に負荷をかけて過ごしてはいませんか?
私はいつも自分に強がって、辛いと思ったら負けだと思っているかのように
弱い部分を認めようとしませんでした。

でも今、アトピーの症状がほとんどなくなって思うことは、
ものすごいハンデを背負っていたのだなということ。

私自身、集中して物事に取り組むのは苦手なのだと思っていました。
でも今、痒みから解放されて思うのは、
あの肉の底から沸き上がる痒みが全身のそこかしこで頻発していた状態で
集中しようと思っていたことが凄かったのだ
ということ。

もちろん、アトピーでない人に、自分の辛さを説明したところで
理解してもらえないどころか、敬遠されるでしょう。
でも、せめてご自分にはエールを送ってはいかがでしょうか。
「大変な中で頑張ってほんと偉いね」
「辛い中でよくやっているね」

誰と比べなくていい。
ご自分への言葉は、自分自身の頑張りや辛さを認めていいのです。
こんなに辛いのに頑張っていて本当に偉いねと認めていいのです。

甘えてしまうのではないか?
そんな心配は必要ありません。
いや、むしろもっと甘えていいのです。
だって今までの自己評価が厳しすぎるくらいだったのですから。

…話が冒頭からズレてしまいましたね(笑)

実は、過去記事の中でも仕事については触れてきましたが、
アトピーの痒みが、自分で思っていた以上に大きな負担だったのだと思えたので、
今回、仕事のことに突出して記事を書くことにしました。

脱ステ中も、辛くても頑張らなくてはと
こんなことで仕事を休んではいけないと
自分を責めていたなと思うのです。

だからこそ、その頃の自分へのエールのつもりで
今、痒みを抱えながらも頑張っているあなたへのエールのつもりで綴ります。

脱ステロイドを機に休職・離職・転職した経験談(経過顔写真あり)

さて、2019年8月に脱ステをせざるおえない状況になり、脱ステを始めた私ですが、
実は2019年の7月に新たな仕事に正社員で入社したばかりでしたっ!!!

幼児教室の先生というお仕事で、
7月には何度も試験を乗り越えて、8月からはお教室で生徒さんに教え始めたばかりでした。

2019年7月。脱ステ開始2週間前くらい。所々赤いけど意欲的でした♩

脱ステをしなければならない状況になったのは、2019年夏前半の冷夏の影響と
たび重なる試験のストレスで自律神経が狂ったのだろうと今は思えますが、
その頃は、試験も楽しいものでした。

脱ステロイド開始から休職に到るまでの仕事の経過

2019年お盆休みの間にステロイドが効かなくなり、お盆休み後半に、
ステロイドが効かない勢いで、気軽な気持ちで脱ステをはじめることにしました。
(今となっては、もう少し覚悟しようと自分に言いたい…)

脱ステ開始から2週間ほどはむくみや皮剥けの不快感はあれど仕事は順調

2019年8月20日頃の脱ステ開始当初は、皮がポロポロと落ちているだけだったので、
見た目の恥ずかしさはあれど、電車でお教室に通って、授業もできていました。

また、生徒さんにも
「先生顔カサカサだねー」
と言われながらも、授業を始めればとっても可愛らしく、
授業にも楽しく集中してくれていたので、皮が剥けていることも気にせずに過ごせました。

生徒の親御さんたちも、
「日焼けしすぎたのかしら?と思っていました〜」
なんて笑いあえるほどでした。

2019年8月25日頃、脱ステ開始1週間後くらい。日焼けで剥けてると思われてたみたいです^^

むくみでパンパンになったり、皮剥けで常に痒くなり少しの辛さは感じても、
仕事を休みたいとは思わずに、意欲的に過ごせていたのです。

けれど、見た目の変化以上に深刻になったのが、
自律神経が狂った影響で起きた【不眠】でした。

脱ステ開始2週間後〜9月不眠の影響で朝が起きれず遅刻しがちに

脱ステを始めてから1週間ほどしてからでしょうか…
少しずつ、眠れない日が増えてきました。

ベッドに入っても眠れない。
眠らないと明日の仕事に差し支えるから寝たい。
でも、目がさえている…

朝4時5時くらいになって急に眠気に襲われるけれど
7時には仕事のために起き出す。

そんな生活が始まりました。
すぐ終わるとも思っていました。
でも、ずっと続いていくのです。

1週間ほどは、眠れなくてもなんとか頑張りました。
そのうちにだんだんと遅刻をするようになります。

幸いにして職場の幼児教室では午後からの授業を多く持っていたので、
最悪授業に影響がなければなんとかなりました。

それでも、やはり他の事務作業が滞るので、
励ましてくださる他の先生方の気持ちにもなかなか応えられず、
いつも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

病院の先生には、とにかく眠れるようになりたいと訴えましたが、
痒みを減らし眠気を促す薬を飲んだところで、痒みは引かずに全く眠れない日々が続きました。

脱ステ開始からひと月半後 10月より休職に

一睡もできないままに仕事へ向かう日も何度もありました。
並行して、肌の調子もどんどん悪化。

職場のトイレを使うと皮膚片の落屑で汚れるのが嫌で
駅やスーパーにトイレを借りに行って、そこで思い切り太ももを掻いていた時もあります。

毎日今日は眠れますようにとベッドに入りながら眠れないことへの苛立ちで
おかしくなりそうでした。

痒さへの苛立ち、眠れないことへの苛立ち、
起きれないことへの苛立ち、常に自分に苛立って過ごしていました。

9月後半には、体験講座からの生徒さん獲得もでき始めて、
「こんな見た目でも信じて通いたいと思ってくださるかたがいるのだ」
と仕事も面白いと感じていたのに、
身体が思い通りにならないことに憤りを感じていました。

2019年9月中旬。首から浸出液が酷くて授業準備中などはハンカチを首に巻いて過ごしてました

そして、良くなることを期待して励ましてくださる先生方の声も
だんだん負担に感じるようになりはじめた頃、
10月に入り、台風の影響で起きた自律神経の乱れで夜間の睡眠が全く取れない上に、
全身を切り刻まれるような痛さで、とうとう授業のある日にも出社できなくなったのです。

少しの期間お休みをさせていただいて体調を立て直したら
また働きたいという気持ちとは裏腹に、
全身が切り刻まれるような痛みに襲われる日々が続き、
そのお休みをきっかけに、休職することとなりました。

脱ステによる休職・傷病手当金申請から離職にいたるまで

職場とは、肌症状はまだしも、睡眠が改善しない限りは復職は厳しいだろうとのことで、
まずは10月いっぱいお休みすることとしました。

2019年10月中旬痛い…こんなに裂けるかと思うくらい身体中のいろんな部分が裂けていました。

11月に入り、会社の総務に傷病手当金の申請ができるか相談したところ、
自分で用紙を用意して申請してほしいとのこと。

協会けんぽのHPより申請書をダウンロードし、医師記入欄を病院へ持参しました。

休職のこと、傷病手当金申請のことを病院の先生に話したところ、
「今までよく頑張ったね」
申請書を快く書いてくださいました。

傷病手当金の申請から入金までにかかった時間

ちなみに、傷病手当金の申請後、審査があるため、入金までは2ヶ月〜3ヶ月かかる場合があります。

私の所属していた会社の場合は傷病手当金の申請用紙を会社に提出後、会社より社労士さん経由でけんぽ協会に提出されたので、少し多めのタイムラグがありました。

そのため、申請してもすぐに入金されないものと認識しておきましょう。

傷病手当金の審査について

審査内容については不明ですが、落ちる場合もあるようです。
そのため、ご自身で記入する部分に関しては、
「どのような症状なので会社にいけない」
が知らない人でも理解できるように記入することをオススメします。

脱ステの長引く不眠により自信喪失し始めた12月に離職勧告・離職

さて、休職しはじめたとはいえ、
毎日、眠れないことへの不安と苛立ちを抱えて過ごしていました。
肌は少しずつ変わってきているのに、睡眠だけは全く改善しない。

毎日、3時間でも続けて眠れる日はなく、そんな日が続くうちに、
絶対にやめたくない、復帰したいという仕事への意欲も薄れていき、
本当に私は復職できるのだろうか…と自信や意欲がどんどん少なくなっていた頃、
12月のはじめに離職勧告がありました。

これ以上待って欲しいと言っていつまで待ってもらえばいいのだろう…
肌は回復しているのに睡眠への目処がまったくたたず、
仕事をはじめても眠れずに仕事を続けたらきっとまた仕事を休むのが目に見え、
12月いっぱいでの離職を決めました。

入社したばかりだったので、本来は休職をさせていただける立場ではありませんでした。
こうして、待っていただいたのに復帰できないことが申し訳なくも、
復帰のために睡眠できないことを責めずに良くなったことで、心が軽くなったのです。

復職への頑張りがプレッシャーとなっていた

仕事に復帰できないとわかってから
夜眠れないことへの苛立ちがなくなりました。

「眠れなくても大丈夫。だって焦る必要ないんだもの」

そう思い始めると、不思議と心が楽になり、
自分の状況に一喜一憂しなくなりました。

そして、ゆっくりと自分の身体に向き合えていくことができたのです。

また、仕事へ行くことを考えなくなるとともに、昼間眠ることへの罪悪感もなくなり、
眠りたい時に眠ることをよしとしました。

12月に入ってからの1ヶ月間で驚くほどに回復していきました。
それとともに、夜間に少しまとまって眠れる日も増え始めました。
(と言っても1〜3時間の睡眠後数時間眠れず、また朝がたに眠くなることが多い)

ひと月で一気に改善が進みました!自分で思っていた以上のプレッシャーだったようです。

その当時は、あと1ヶ月離職を待ってもらえれば、復職の目処がたったのでは…と考えていましたが
今思えば、離職することが決まってプレッシャーから解放されたことが
眠りにも症状にも良い影響を与えたのだと感じています。

会社には待っていただいた感謝の気持ちでいっぱいですし、
最後までフォローしてくださっていたので、申し訳ない気持ちもありましたが、
それでも、この会社に所属できて良かったと心から感じられるのです。

離職後の傷病手当金申請について補足

私の場合は、勤務期間も短かったことから、離職後の申請はできませんでした。
それぞれの健康保険組合により規約があるかと思いますが、離職後も申請可能なのは、
就業後1年以上経過している・任意継続 などの条件があるようです。

大概の健康保険組合にはホームページもあるので、
「ご自分が加入の組合 + 傷病手当金申請」
などで検索すると、申請条件なども出てくるかと思います。

こちらについては、それぞれの組合へお問い合わせいただくことをオススメします。

次のページでは離職からフルタイムで働くまでのステップと現在を紹介します。

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