◆本文の前に脱ステについて◆

このブログは脱ステロイドを推奨するためではなく、今脱ステで苦しむ方々の励みとなり、役立てればと始めましたことを、あらかじめご理解いただければと思います。
それでは本文へお進みください^^

認知症で施設入所していた義母の看取り開始から旅立ちまでの5日間

コラム
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肉親の命が残りわずかと知った時、大きな動揺・不安・恐怖感・悲しみ 様々な感情に揺り動かされます。

私自身、3年前に実母が64才で他界し、その半年後に溺愛してくれいた祖母が88才で旅立ちました。

その旅立ちの場に立ち会ってきたことで伝えたいのは、悲しさや不安だけを感じていたら受け取れないような、奇跡のような愛や頑張りを目にすることができたということ。

そして、今年5月3日から義母が看取りに入り、5月9日 母の日当日に旅立ちました。

この看取りの期間、お互いの想いが伝え合えていると感じられる、とても愛に満ちた時間でした。

このブログは義母が旅立ってから13日後、義母の誕生日に書き始めました。
書いている途中で手が止まり、つい先日義母の納骨を済ませたところです。
納骨を終えて、今一度義母との時間を思い返し、やはり公開したいともう一度この記事を開きました。
1日1日の詳細な記録というよりも、その時にやったこと、義母の反応や母や祖母を思い起こして少しずつエピソードを交えました。

いつもはアトピーや脱ステロイドについて書いていますが、
今回は、家族の残された時間を悲しみだけで終わらせたくないとお思いの方が
今ある事実を受け止め、悲観せず、楽観せず、
大切な方に最大限に愛を伝えることができますよう、
家族の皆様で豊かな時間を過ごすことができますよう、

義母へのリスペクトと愛を込めて綴ります。

看取りに入るとは…どんな状況で判断されるの?

そもそも、どんな状態になると看取りと言われるのか。

本人は自分の命が短いことをわかっているのか。

看取りの期間は何日くらいなのか。

少ない経験の中ではありますが、母たちや祖母を見送った時のことをまとめます。

看取りに入る基準は”水分摂取”と”酸素量”

介護施設に入っていた祖母と義母は共通して、
「水分を受け付けなくなった」
時点で家族に残りの命が短いことを報されました。

介護に入っていく過程で、食事も変わっていきます。

固形物を受け付けなくなり
とろみをつけた流動物へと変化。

水分も、とろみをつけなければ咳き込むようになっていく。

祖母も義母も、ゆっくりと食事内容が変化していき
とろみをつけた食事もだんだん受け付けなくなっていきました。

食事が取れなくなる時点で、”胃ろう”という選択肢をいただきますが、
父も義父もその選択はしませんでした。

胃ろうの話を聞いて3ヶ月ほど経った頃でしょうか。

とうとう食事が全く受け付けなくなり、
とろみを水分も咳き込んでしまうようになったことで、
残りの命が短いことを知らされました。

最期までに残された時間は同じような経過を辿るようでしたら、
胃ろうを提案されてから3ヶ月〜半年、
水分を受け付けなくなってからは早ければ2日ほど〜1週間ないくらいでしょう。

ガンが肺転移し、酸素吸入器をつけていた母の場合

酸素吸入機を始めたのは、12月27日
旅立ったのは1月23日の早朝でした。

利用し始めた当初は、呼吸が楽になったと喜んでいましたが、
短い期間で、必要な酸素量が増加していきました。

私は、その時はそんなにすぐにお別れになるなんて思いもしなかったのですが、

酸素吸入器の会社に勤めるかたからお話を聞いたところ、
病気により酸素吸入器が必要な状態になるということは残された時間が短いことを物語っているようです。

期間はその方の肺の状態変化の速度にもよるようです。

母は、1月20日頃からサチュレーションが85を切るようになり
お医者様から先が短いことを伝えられました。

母に会いたいであろう人たちに連絡をとり、母の兄弟全員の顔を見た翌朝に旅立ちました。

看取りの期間は何ができる?どう接する?

施設にもよりますが、祖母や義母の場合は、看取りとなってからは家族で過ごせるように
個室にて家族の泊まりも許されていました。

祖母の時は亡くなる前日の晩から私が泊まり込み
義母の時は義父が3夜を施設で過ごすことができました。

泊まりについては、無理のない範囲で良いのだと思います。
私自身は、祖母が大好きで、いつも近くに居たかったからいました。
祖母の隣に簡易ベッドが置かれ、祖母の手を握りながら、思い出の歌を歌って夜を過ごしました。
時々握り返してくれるのが嬉しく、おばあちゃんと過ごせて嬉しいとたくさん伝えました。

最後の時間は、誰かそばにいられたら私ではなくても構わないと思っていました。
施設の方々も、祖母も義母も、とても大切にしてくださっているの知っていたので、
できたら、家族で見送りたい、(実際は見送ることができたけれど)
それでも最期の時は家族でなくても誰かが近くで見送ることができればいいなと思っていました。

なので、日中は叔母などにお願いして家で休む時間も作っていました。

さて、泊まりが許されていてもいなくても、面会が許されていればできることを以下に記します。

看取り期間にすぐに準備なくできる語りかけと触れ合い

残された短い時間に何ができるのだろう…と思うかもしれません。
それでも、できることは思った以上にあります。

また、口で話すことが出来なくなっていても、表情で感情は読み取れます。

喜んだり、呆れたり、目を細めたり、びっくりしたり。

簡単にできることを本人の様子を見ながら行いました。

言葉は話せなくても、五感は残っています。
特に触覚や聴覚は最後まで残ると言われています。

旅立ちが近づくとともに、この世と向こうの世界を行ったり来たりしているような
夢うつつの時間が長くなるのですが、手を握っていると、時々力が入るのですよね。

言葉が出なくなっても、話しかけると目の表情や握っている手で一生懸命に応えてくれます。
この時、何を伝えたいのかわからなくても、
「何か伝えようとしてくれているんだね、たくさん伝わっているよ、ありがとう」

そう伝えると、すごく安心した様子でした。

大好きだったこと、いつもたくさん助けてくれてありがとう

恨み言だっていい。なんでもいい。それでもあなたと過ごせた時間は宝物だ。

今、こうやって言葉を伝える時間をくれてありがとう。
何かを伝えようとしてくれてありがとう。

目を見て、手を繋いでそんな言葉を交わしていると、
表情や手の動きから、自然と何を伝えたいのかもわかるようになるのですよね。

5感が蘇るのを感じられる蒸しタオル

洗面所を使わせていただける施設でしたら、ぜひ蒸しタオルをお勧めします。

  • ポットにお湯
  • 洗面器
  • タオル
  • アロマオイル

洗面器にお湯と水半々の50度ほどのお湯を張り、アロマオイルを1滴落とします。
そこにタオルを入れてしっかり絞り、ホットタオルを作ります。

そのタオルをお顔にのせて鼻だけ出すように包むと

  • 肌から熱が伝わり気持ちよく
  • 鼻から香りが伝わり脳を刺激

そして、それを何度かお顔に繰り返すと、
血行が上がるからか顔色が良くなりふっくらとツヤツヤとしてきます。

水分が取れなくなると、どんどんとふっくらとした感じがなくなり、黒ずんでいくのですが、
蒸しタオルの水分が経皮吸収されるのか、とてもふっくらと明るい肌に戻ります。

また、寝たきりになると、施設でのタオルケアだけですと、
目やにや口の周りの汚れがなかなか落ちにくいのですが、
なんども温かいタオルを当てていると、そういった汚れも落ちて、さっぱりし、
本人もとても嬉しそうです。

手や足なども温かいタオルで包んで暖かい気持ち良い刺激を送りましょう。
指の間など、思った以上に汚れていたりするので、
一本いっぽん拭いているととても気持ち良さそうにしてくれます。

アロマオイルは何を選べばいいの?

私の場合は突然のことだったので、手持ちの北海道ハッカオイルと無印にて以下の2種を購入。

・スイートオレンジ
・ラベンダー

日中訪れた時は、ハッカオイルを使用すると、とてもスッキリした様子でした。
夜はスイートオレンジやラベンダーなどを利用するとリラックスした様子。

みかんやオレンジの匂いは小さい頃からなんども嗅いでいる匂いなので、
懐かしく嬉しい香りと思います。

こだわってたくさん用意することもないので、何か1本あると便利ですね。

義母のエピソード

私が義母に1日目にホットタオルをするとき、とても虚ろな目をしていました。
ホットタオルを顔に巻いて鼻だけ出していると、鼻孔がピクピクと動き出す。
タオルを外した瞬間、目がランランと輝いていて、喜んでいるのが伝わりました。

そしてホットタオル2日目。
義母はグッタリと横たわっていたのですが、近づくと香りが伝わり、
ホットタオルと気づいた義母の横を向いていた顔がこちらにグイっと向いて顔にのせやすいように。。。
私も夫もあまりのことに驚きながらも、義母の動きが嬉しかったです。

また、毎日付き添いながら、義母の水分が抜けた様子に元気がなかった義父も
義母の肌に水分が戻りふっくらとツヤを取り戻して、
手や足が活発に動くようになる様子を一緒に見ているうちにとても元気になりました。

母とのエピソード

母の時は、病室にお湯と洗面器を持ち込んで、足湯をしていました。
病院にはお風呂がなくシャワーしか浴びることができなかったため、
足湯をすると母はとても喜んでいました。

たくさんの垢がお湯に浮かび、何度かお湯を変えながら足を洗うと
ツルツルになった足を嬉しそうにずっと触っていたのを思い出します。

女性はお化粧も喜ぶ

義母はお化粧をとても喜んでくれていました。

左の眉を描き終えると、顔を左に向けて右眉を描きやすくしたり。
これから塗るよと口紅を見せると目が輝きます。

そして、鏡を見せると食い入るように見つめ、
「かあちゃんキレイだぞ」
という義父の手を握っていました。

母の時も祖母の時も、お化粧はとても喜んでいました。
女性はいくつになっても女性で、綺麗でいたいのです。

口腔ケアについて

口や歯が丈夫だと、なかなか口腔ケアが行き渡らないことがあります。
ほおのあたりに汚れがたまっていて、それが喉に詰まって咳き込んでいるようでした。

そのどろりとした汚れを口の中から出していると
最初は固く閉じていた食いしばりなどもなくなり
素直に出させてくれるようになります。
やはり、気持ち悪かったのだなとわかります。

その汚れがなくなってから、
口腔ケア用の綿棒などに水分を染み込ませ、
舌にぽんぽんと水分をのせていると、乾いていた舌がだんだんとふっくらしてきます。
(口に力がある時は吸い込もうとするため、舌ではなく唇などに)

本当はたくさん水分を飲みたいのでしょうが、嚥下ができないので、
ちょっとずつ染み渡るように舌や唇にのせます。

意識がしっかりしていた祖母の話

祖母の時は、水がゴクゴク飲みたいといつも言っていて、
それを叶えられないのがとても辛く感じる時もありました。

それでも、りんごジュースなどをケア用綿棒で舌に載せるととても嬉しそう。
もっと欲しいとも言われますが、なんとか工夫して祖母も楽しめないか考えて過ごしていました。

旅立つ人以上にこちらが元気に

ケアをしていると、反応が目に見えます。
それは動きでわかることもあるでしょうし、見た目に肌色が変わるなどでもわかります。

言葉として伝わってこなくても、たくさんの反応を見ているとこちらが元気になってくるのです。

旅立つ人のために行なっているようで、旅立つ人からたくさんのエネルギーを受け取っているように感じていました。

看取りの時間は旅立つ人からの最後の愛を受け取るとても尊い時間

これから旅立つ人は、旅立つ前に大きな愛を残そうとします。
一生懸命に目を開き、声に反応し、手指を動かす。

呼吸が苦しそうに見えるかもしれません。
もう頑張らなくていいよって言いたくなるかもしれません。

それでも、母や祖母、義母を見送ってきて感じるのは、
旅立つ人は自分の生きた姿を大切な家族に見て欲しいのだと感じています。
最後にたくさんのエネルギーを使って、生きてきたことを、
愛してきたことを伝えたいのだと。

介護や看護のお仕事をされている方からは、
苦しそうに見えても、脳内モルヒネのようなホルモンが出ているので、
苦しいわけではないそうです。

はじめてみた方は、あまりに苦しそうで辛く感じてしまうかもしれません。
でも今思うと、母も祖母も義母も最後まで頑張る姿をエネルギーの全てを使って私たちに見せてくれたのだなと感じます。
その頑張りたいという想いに寄り添い、近くにいることで、たくさんのエネルギーを受け取ったような感覚でした。

その尊い時を、嘆き悲しむだけで終わらせるのはとてももったいなく、
旅立つ人も心配になってしまうでしょう。

目の前の旅立つ人と向き合ってたくさんの時間を過ごすうちに
旅立つ人もこちらも心の準備ができていくのです。

臨終に立ち会えない時も

義母の臨終の時は、義父と義兄が立ち会っていました。

もちろん立ち会いたい気持ちもありました。
夫も最後に立ち会えなかったことをその瞬間はとても悔しがっていました。

それでも今は、義父と義兄が見送れてよかったねと話しています。

看取りのかけがえのない時間を一緒に過ごし、
義母とのたくさんのコミュニケーションを取り、
義母が喜ぶ様子をたくさん見てきたからこそ、
心の準備ができて、受け入れることができるようになっていったのだと思います。

最後に

きっと私が記した以外にも、旅立つ人に対してできることってまだまだあるでしょう。

最期の時を迎える日々、
家族の残された時間を悲しみだけで終わらせたくないとお感じのかたに、
今ある事実を受け止め、悲観せず、楽観せず、
大切な方に最大限に愛を伝えることができますよう、
家族の皆様で豊かな時間を過ごすことができますよう、

ご家族で様々に工夫しながら過ごす参考になったなら幸いです。

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